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欧州連合(EU)の半導体産業をめぐる政策課題

EU(欧州連合)の半導体産業政策は、デジタル経済の基盤を強化し、域内での技術的な自立を目指す重要な取り組みとして位置づけられています。
以下に、EUの半導体産業政策の背景、主要な施策、そして今後の課題について説明します。




1. はじめに

EU(欧州連合)は、デジタル経済の基盤を強化し、技術的自立を達成するために、半導体産業の振興を国家戦略として位置づけている。2020年代初頭に発生した半導体不足を契機に、欧州域内での生産能力を向上させ、サプライチェーンの安定化を図ることが急務となった。

欧州は、これまで自動車、医療、産業機械などの分野で強みを持つ半導体を開発してきた が、最先端のロジックチップやメモリ市場では、台湾(TSMC)や韓国(サムスン)、米国(インテル)に後れを取っている。このため、EUは「EUチップ法(EU Chips Act)」をはじめとする政策を通じて、域内生産の拡充と技術革新を推進し、戦略的競争力を強化 しようとしている。

本稿では、EUの半導体産業政策の背景、主要施策、成果、課題、そして今後の展望について詳しく解説する。


2. EUの半導体産業政策の背景

(1) 世界的な半導体不足とサプライチェーンの脆弱性
2020年代初頭に発生した半導体不足は、自動車産業をはじめとする多くの欧州企業に大きな影響を与えた。特に、アジアや米国に依存する供給網のリスクが浮き彫りとなり、域内生産の強化が急務とされた。

(2) 技術的自立と経済安全保障
EUは、中国や米国といった経済大国に依存せず、独自の半導体供給能力を確立することで、経済・安全保障の観点から技術的自立を図る方針 を明確にしている。

(3) デジタルトランスフォーメーションと次世代技術の需要増
AI、5G、IoT、グリーンエネルギー、車載技術など、次世代のデジタル技術が発展する中で、半導体の需要は急増している。特に、電気自動車(EV)やスマートグリッドなどの分野では、欧州独自の技術と連携した半導体開発が不可欠 となっている。


3. 主要な政策と施策

(1) EUチップ法(EU Chips Act)
2022年2月に提案されたEUチップ法は、欧州の半導体産業を戦略的に強化するための包括的な政策フレームワーク である。

主な目標
- 2030年までに世界の半導体生産の20%をEU内で担う(現在は約10%)。
- 半導体の研究開発、生産、サプライチェーンの安定化に450億ユーロ以上の公的・民間投資を誘致。

具体的な施策
- 研究開発の強化
- 次世代半導体技術の開発を支援するため、大学や研究機関との連携を強化。
- Horizon Europe(EUの科学技術研究プログラム)を活用し、AIや量子コンピューティングとの統合技術を推進。
- 生産能力の向上
- 最先端半導体製造拠点(3nm以下のプロセス技術を含む)の設立を支援。
- 既存の半導体工場の拡張を加速。
- スタートアップ支援
- 中小企業やスタートアップへの資金提供を通じて、イノベーションを促進。
- サプライチェーンの多様化
- 原材料や製造装置の供給源を確保し、リスクを軽減。

(2) 「デジタルヨーロッパ計画」
- デジタル技術分野への投資を拡大し、半導体製造やデータセンターの強化を進める。
- 高度技術人材の育成 を目的とし、専門教育プログラムを支援。

(3) 「Horizon Europe」
- 半導体の基礎研究や応用技術の開発を支援。
- AI、IoT、量子コンピューティング、エネルギー効率化技術との連携を推進。

(4) 企業連携とファンドの活用
- IPCEI(重要な共通欧州利益プロジェクト) により、各国が協力して戦略的プロジェクトに投資。
- EDA(欧州防衛庁) を通じて、軍事技術や安全保障向けの半導体開発を推進。


4. 主な成果と進捗

(1) 半導体製造施設の誘致
- インテル(Intel)がドイツのマクデブルクに新たな製造拠点を建設予定。
- STマイクロエレクトロニクス(フランス・イタリア)、グローバルファウンドリーズの拡張計画が進行中。

(2) 次世代技術開発の加速
- 量子半導体技術、省エネルギー設計技術の研究が活発化。

(3) 新規投資と雇用創出
- 半導体製造施設の増設により、数千の新規雇用が創出される見込み。


5. 課題と挑戦

(1) 域外依存の解消の難しさ
- 半導体製造に必要な原材料や製造装置は依然としてアジアや米国に依存。

(2) コスト競争力の低さ
- 台湾や韓国の半導体メーカーと比較すると、製造コストが高いことが競争力の課題となっている。

(3) 最先端技術での遅れ
- TSMCやサムスン、インテルと比べて、EUの企業は最先端技術で出遅れ ている。

(4) 域内統合の難しさ
- 各国間の政策調整が必要であり、迅速な意思決定が難しい場合がある。


6. 今後の展望

EUは、米国の「CHIPS Act」や中国の半導体政策に対抗し、国際競争力を高めることを目指している。特に、デジタル技術とグリーン政策の融合を進め、次世代半導体技術での優位性を確立 することが焦点となる。

今後、EUが半導体産業の発展を成功させるためには、域内の各国が協力し、一貫性のある政策を迅速に実施することが不可欠 となるだろう。


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