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〈人的資源新秩序〉タイ王国の高齢社会への対応―家族介護から地域ケアへ。急速な高齢化に挑むタイの福祉政策―

東南アジアの国々を見渡すと、これまで高齢化は日本や韓国、中国など東アジアの問題として語られることが多かった。しかし現在、その構図は大きく変わりつつある。経済発展、出生率の低下、平均寿命の延伸が同時に進んだ結果、東南アジアでも高齢化が急速に進行している。

そのなかでも、とりわけ注目される国がタイ王国である。

タイは東南アジアのなかでも高齢化が進んだ国の一つであり、しかも、その高齢化の進展速度は非常に速い。タイ国家統計局によれば、2024年には60歳以上の人口が約1,368万人となり、総人口の20.8%を占めるまでになった。2020年には17.9%だったことを考えると、わずか4年間で高齢者人口の比率が大きく上昇していることが分かる。

ここで重要なのは、タイの高齢化を日本の「高齢社会」の単純な後追いとして理解しないことである。タイには、日本とは異なる人口構造、家族構造、所得水準、地域社会、医療制度、社会保障制度が存在する。そして、その条件のなかでタイは、家族を中心とした高齢者支援から、地域社会と公的制度を組み合わせた長期ケアへと少しずつ移行しようとしている。

タイの高齢社会を理解することは、タイという一国の福祉政策を理解するだけではない。それは、これから急速な高齢化を経験するアジア諸国が、どのように「家族介護」と「社会保障」を組み合わせるのかを考えるうえでも重要な事例となる。


1.タイはすでに「高齢社会」に入っている


まず、タイの高齢化を正確に捉える必要がある。

日本では一般に65歳以上人口の割合を基準として「高齢化社会」「高齢社会」「超高齢社会」という区分を用いることが多い。一方、タイを含む東南アジア諸国では、政策上、60歳以上を高齢者として扱うことが一般的である。そのため、日本の65歳以上人口比率とタイの60歳以上人口比率をそのまま比較することには注意が必要である。

タイ国家統計局の統計では、60歳以上人口は2020年の約1,163万人から2024年には約1,368万人へ増加した。2024年の人口構成では、60歳以上が20.8%、15~59歳が64.2%、14歳以下が15.0%となっている。つまりタイでは、高齢者がすでに人口の5人に1人を占める状況になっている。

さらに重要なのは、単に高齢者が増えているだけではないという点である。

高齢者人口の内部でも高齢化が進んでいる。2024年には、60~64歳が約432万人、65~69歳が約331万人、70~74歳が約250万人、75~79歳が約163万人、80歳以上が約191万人となっている。80歳以上の人口だけでも約190万人に達している。

これは介護政策にとって極めて重要な変化である。

60代前半の高齢者が増えることと、80歳以上の高齢者が増えることでは、社会に求められる政策が異なる。前者では就労、健康維持、社会参加、介護予防が重要になる。一方、後者では慢性疾患、認知機能の低下、フレイル、身体機能の低下、日常生活支援、終末期ケアなどへの対応が重要になる。

したがって、タイの高齢化問題は「高齢者が増える」という一つの問題ではない。

高齢者の増加とともに、長期間にわたって生活を支えるケア需要が拡大する問題なのである。

2.タイの高齢化を加速させた「少子化」と「長寿化」


タイの高齢化を理解するうえで重要なのが、出生率の急速な低下である。

タイでは出生率が大きく低下してきた。国家統計局の統計によれば、合計特殊出生率は2019年の1.54から2023年には1.00まで低下している。つまり、人口を長期的に維持するために必要とされる水準を大きく下回っている。

これは高齢化を単純に「長生きする人が増えた結果」と考えることができないことを示している。

人口の高齢化は、分母である若い世代が減少することによっても加速する。

子どもの数が減り、若年人口が縮小する一方で、高齢者は増えていく。その結果、社会全体に占める高齢者の存在感が急速に大きくなる。

これは介護にとって重大な意味を持つ。家族介護を支える子ども世代が減少するからである。

かつては、親が高齢になれば複数の子どもの誰かが近くに住み、日常生活を支えるという家族モデルが成立しやすかった。しかし、少子化が進むと、子どもの数そのものが減少する。さらに都市化や就労による人口移動が進めば、親と子が同居することも難しくなる。

つまり、タイでは高齢者人口が増える一方で、高齢者を家族だけで支えるための人的基盤が縮小しているのである。

この構造は、日本が経験してきた問題とも共通する。


3.「家族が介護する社会」から「社会全体で支える社会」へ


タイの高齢者福祉を考える際に、家族の存在を無視することはできない。

タイでは伝統的に、家族が高齢者を支える役割を担ってきた。高齢者の生活支援、食事、通院、金銭管理、日常生活上の援助など、多くの機能を家族が担ってきた。

これは、タイの福祉制度が未発達だったからという単純な話ではない。むしろ、家族を中心として高齢者を支えるという社会文化そのものが重要な意味を持っている。

しかし、家族介護には限界がある。

家族の規模が小さくなり、子どもが都市部へ移動し、女性の就労が進み、家族自身が高齢化していけば、家族だけで介護を担うことは難しくなる。

特に問題になるのが、「高齢者が高齢者を介護する」状況である。

夫婦のみの高齢者世帯では、夫が妻を、妻が夫を介護することになる。介護する側も高齢者であれば、身体的・精神的負担は大きくなる。さらに、認知症や寝たきり状態が長期化すれば、家族の善意だけで支えることには限界がある。

したがって、タイにとって重要なのは、家族介護を否定することではない。

むしろ、家族が介護の中心であり続けるとしても、家族だけに介護責任を集中させない仕組みをどうつくるかという問題である。

この発想は、タイの長期ケア政策を理解するうえで非常に重要である。


4.タイの高齢者政策を担う公的機関


タイでは、高齢者政策を担う行政機関として社会開発・人間の安全保障省(Ministry of Social Development and Human Security)が重要な役割を担っている。

その傘下には高齢者局(Department of Older Persons)が置かれており、高齢者政策、福祉、権利、生活支援などに関する政策を展開している。同局は現在も高齢者政策に関する計画や施策を公表しており、2022年には「高齢者に関する第3次行動計画(2023~2037年)」が策定されている。

タイの高齢者政策は、単純に高齢者施設を増やすという方向ではない。

むしろ、重要な政策思想の一つは、高齢者が可能な限り住み慣れた地域で生活を続けられるようにすることである。

これは日本の地域包括ケアシステムとも共通する部分を持っている。

ただし、タイの場合には日本とは異なる制度的・社会的条件がある。そのため、タイでは病院や施設にすべてを集約するのではなく、地域保健、地方自治体、家族、地域住民、ボランティアなどを組み合わせる方向が重要になっている。


5.タイの強みとなった「国民皆保健制度」


タイの高齢者政策を考えるうえで、もう一つ見逃せないのが医療保障である。

タイは2002年に国民皆保健制度を本格的に導入し、低所得層を含む広範な国民が医療サービスへアクセスできる仕組みを整えてきた。WHOも、タイのユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を、長年にわたるプライマリ・ヘルス・ケア改革と結びついた重要な政策経験として評価している。

この制度は、高齢社会への対応において大きな意味を持つ。

高齢者は、糖尿病、高血圧、心疾患、脳血管疾患などの慢性疾患を抱える可能性が高い。医療へのアクセスが所得によって大きく左右されれば、高齢化はそのまま家計の負担増大につながる。

一方、医療保障が整備されれば、高齢者が必要な医療を受けるための経済的障壁を低下させることができる。

ただし、ここで「医療保障があれば高齢社会への対応は完成する」と考えてはいけない。

医療と介護は異なるからである。

病気を治療する医療だけでは、脳卒中後に身体機能が低下した高齢者、認知症の高齢者、寝たきりの高齢者、日常生活に継続的な支援が必要な高齢者を十分に支えることはできない。

高齢社会では、「病気を治す」だけでなく、「生活を支える」仕組みが必要になる。ここからタイの長期ケア政策が重要になってくる。


6.タイが進める地域・在宅型の長期ケア


タイの長期ケア政策の特徴の一つは、地域を基盤として高齢者を支える仕組みを発展させてきたことである。

WHOの資料によれば、タイでは2016年から、国民皆保健制度と連動する形で要介護者への長期ケアを支える仕組みが整備されてきた。地方自治体もこの仕組みに参加し、地域のケアマネジャーやケアギバーが高齢者の生活を支援するモデルが展開されている。

2022年には、地方自治体の参加数が7,774に達し、地域の要介護者への長期ケア基金によるサービス利用者も2016年の約8万人から約20万人へ増加しているとWHOのタイ保健システム分析は報告している。

ここには非常に興味深い考え方がある。

それは、介護を「施設のサービス」として捉えるのではなく、地域の生活を支える仕組みとして捉えることである。

高齢者を病院へ送る。高齢者を施設へ入所させる。

それだけではなく、できる限り自宅で生活しながら、必要なときに地域から支援を受ける。

そのために、保健医療職、ケアマネジメントを担う人、地域のケアギバー、地方自治体、家族などを結びつける。

この構造は、人口密度や所得水準が地域によって大きく異なるタイにとって、現実的な意味を持つ。


7.「施設を増やす」だけでは解決できないタイの介護問題


高齢化が進むと、一般には「高齢者施設が必要になる」と考えられる。

しかし、タイの政策は必ずしも施設中心ではない。

タイの公的な高齢者施設は、歴史的には自立した高齢者で、家庭での支援を受けることが難しい人を受け入れる役割を担ってきた。一方で、実際には要介護状態にある高齢者が入所するケースもあり、制度が想定する対象と現実の高齢者のニーズとの間にギャップが生じている。

この問題は非常に重要である。

なぜなら、高齢者施設は「自立した高齢者」を支える仕組みと、「高度な介護を必要とする高齢者」を支える仕組みでは、必要な人材も設備も費用も全く異なるからである。

認知症の高齢者を支援するためには、単なる住居ではなく、認知症ケアの知識を持つ職員が必要になる。

寝たきりの高齢者には、移乗、排泄、入浴、栄養、褥瘡予防などの介護技術が必要になる。

終末期にある高齢者には、医療だけでなく、本人の意思決定、家族支援、苦痛緩和、看取りなどへの対応も必要になる。

つまり、高齢社会が進むにつれて、「高齢者を収容する場所」から「高齢者の生活と人生を支えるケアシステム」へという発想転換が必要になるのである。


8.タイの高齢社会で大きくなる「家族介護力」の問題


タイの高齢者福祉を考える際、最も重要な変化の一つが家族構造の変化である。

かつてのタイ社会では、複数世代が近接して生活し、家族が高齢者を支えることが比較的容易だった。しかし、少子化、都市化、若年層の移動、就労形態の変化などによって、その構造は変わっている。

タイ国家統計局も、高齢者の単身世帯や夫婦のみ世帯が増加していることを長年にわたって指摘してきた。これは単なる「住居形態」の変化ではない。

それは、介護を担う人が家の中にいるとは限らない社会への変化を意味する。

たとえば、80歳の高齢者が一人暮らしをしている場合、その人が元気であれば大きな問題にはならない。しかし、転倒、脳卒中、認知症、骨折などによって生活能力が低下した瞬間に、状況は大きく変わる。

これまで家族が担っていた食事、買い物、通院、服薬、金銭管理、掃除、入浴などを誰が担うのかという問題が発生する。

そして、この問題は今後さらに大きくなる可能性がある。

なぜなら、タイでは高齢者が増えるだけでなく、子ども世代そのものが減っているからである。


9.タイの介護政策は「日本の後追い」ではない


タイの高齢社会を考えるとき、日本との比較は非常に有益である。

日本は世界でも早い時期から高齢化を経験し、介護保険制度を整備し、施設介護だけでなく在宅介護、訪問介護、通所介護、地域包括ケアなどを発展させてきた。

しかし、タイが日本と同じ制度をそのまま導入すればよいというわけではない。

日本には、日本独自の社会保険制度、地方自治体制度、医療提供体制、介護事業者、介護職員養成制度が存在する。

タイにはタイの社会構造がある。むしろタイから見ると、日本の経験から学ぶべきなのは「介護保険制度という制度名」ではなく、家族だけでは支えきれなくなる前に、社会全体で介護を支える仕組みを準備することである。そして、タイには日本とは異なる強みもある。

それが地域社会とプライマリ・ヘルス・ケアを結びつける力である。WHOも、タイの保健医療改革においてプライマリ・ヘルス・ケアが重要な役割を果たしてきたことを指摘している。病院だけではなく、地域を中心に健康と生活を支える。この考え方は、今後の介護政策にとって非常に大きな可能性を持つ。


10.「介護人材」をどう確保するのか


しかし、地域型長期ケアにも大きな課題がある。それが介護人材である。介護は、制度だけでは成立しない。

高齢者の身体を支え、食事を支え、排泄を支え、服薬を確認し、認知症の人に寄り添い、家族の相談に乗り、生活上の変化を発見する人が必要になる。

タイでは地域のケアギバーやボランティアを活用する仕組みが発展してきた。これは、専門職だけで全てを担うのではなく、地域住民を含めた多層的な支援体制を構築するという意味で大きな特徴である。

しかし、高齢者の要介護度が高くなればなるほど、ボランティアだけでは対応できない。

認知症ケア、医療的ケア、リハビリテーション、終末期ケアなどには、より専門的な知識と技術が必要になる。

したがって、今後のタイに必要なのは、単に「介護人材を増やす」ことではない。

地域ボランティア、家族介護者、ケアギバー、介護職、看護職、医師、リハビリテーション専門職、ソーシャルワーカーなどが、それぞれの役割を持ちながら連携する「多層的ケア人材システム」を構築することである。


11.「高齢者を支える」発想から「高齢者が社会を支える」発想へ


高齢社会政策では、どうしても高齢者を「支援される存在」として捉えがちである。しかし、タイの高齢社会を考える場合、この発想だけでは十分ではない。

タイでは高齢者の就労も重要なテーマになっている。高齢者が働く理由には、健康で働けるからという理由だけでなく、自分自身や家族の生活を支えるためという経済的理由も含まれている。過去の国家統計局調査でも、高齢者の所得源として子どもからの支援、本人の就労、政府の高齢者手当などが重要な位置を占めている。

したがって、高齢者政策は「年金や介護サービスを給付する政策」だけではなく、高齢者が可能な限り働き、地域活動に参加し、社会的役割を持ち続けられる環境をつくる政策でもある。

これは介護予防という観点からも重要である。

社会との接点を失うことは、身体機能だけでなく認知機能や心理的健康にも影響する可能性がある。

仕事、地域活動、家族支援、ボランティア、文化活動などを通じて高齢者が社会に参加することは、高齢者本人にとっての生きがいであるだけでなく、社会にとっての人的資源でもある。



12.タイの高齢社会が抱えるもう一つの問題――所得保障


高齢社会では、医療と介護だけではなく所得保障も重要になる。タイでは高齢者への現金給付として「高齢者手当」が存在し、高齢者の生活を支える基礎的なセーフティネットの一つとなっている。

しかし、高齢者が増えれば、当然ながら社会保障財政への負担も増加する。しかも、出生率が低下しているため、支える側となる現役世代の人口が相対的に縮小する。これは、

「高齢者が増える」

「医療・介護需要が増える」

「社会保障支出が増える」

「一方で現役世代が減る」

という構造を生み出す。

したがって、タイの高齢化は福祉政策だけの問題ではない。

税制、雇用政策、年金、医療、介護、住宅、都市政策、交通政策、出生政策、地域政策などを横断する国家的課題なのである。


13.タイが目指すべき「地域ケア型高齢社会」


これからのタイにとって重要になるのは、巨大な高齢者施設を全国に建設することではない。もちろん、重度の要介護状態や家族による支援が困難なケースでは施設サービスが必要になる。しかし、高齢者の大部分を施設で支えることは、財政的にも人材面でも容易ではない。

むしろ重要なのは、

「できるだけ健康な状態で長く暮らす」
「要介護状態になっても住み慣れた地域で暮らす」
「家族だけに介護責任を集中させない」
「地域の医療・介護・福祉をつなぐ」
「必要な場合には施設や病院が支える」

という階層的な仕組みである。

これは、WHOが長期ケア政策について示している方向性とも一致する。WHOは、高齢者の長期ケアについて、医療と社会福祉を統合し、地域や本人の状況に応じて必要なサービスを提供することの重要性を示している。

タイの場合、この考え方を既存のプライマリ・ヘルス・ケア、地方自治体、地域住民、ボランティア、家族などと結びつけることが重要になる。


14.「介護」はタイ社会の新しい社会インフラになる


タイの高齢化を考えるとき、最も重要なのは「高齢者が何人いるか」という数字だけではない。

本当に重要なのは、その高齢者が、どのように暮らし、誰によって支えられ、どこで最期まで生活するのかという問いである。

高齢化とは、単に人口統計上の変化ではない。

家族のあり方が変わる。

地域社会のあり方が変わる。

医療のあり方が変わる。

働き方が変わる。

住宅や交通のあり方も変わる。

そして、「介護」という仕事の社会的位置づけも変わる。

タイではこれまで、介護の多くが家族の責任として担われてきた。しかし、少子化と高齢化が同時に進行する社会では、家族だけで介護を担うことは難しくなる。

そのとき必要になるのは、家族を福祉制度に置き換えることではない。家族を支える社会的な介護基盤をつくることである。

家族が介護を担う。

地域が家族を支える。

専門職が地域を支える。

医療と福祉が連携する。

行政がそれらを制度と財政によって支える。

このような多層的な構造を構築できるかどうかが、タイの高齢社会の成否を左右する。


15.タイの経験は、これから高齢化するアジアへのメッセージになる



タイの高齢社会への対応は、日本にとっても決して他人事ではない。

むしろ、日本がすでに経験した問題を、タイは異なる社会条件のもとで経験している。

そして、タイの経験から日本が学べることもある。

特に注目すべきなのは、医療、地域保健、地方自治体、地域住民、ボランティア、家族を組み合わせた地域型の長期ケアである。

日本は介護保険制度を中心に高度な介護サービスを発展させてきた。一方で、介護人材不足、家族介護者の負担、孤立、高齢者世帯の増加、認知症、介護離職など、新しい課題にも直面している。

タイもまた、これから同様の課題に直面する可能性が高い。

だからこそ、両国が学び合う意味は大きい。

日本からタイへは、介護人材の育成、認知症ケア、ケアマネジメント、福祉機器、在宅介護、介護事業の品質管理など、多くの知識を提供できる。

一方、タイから日本へは、地域住民やボランティアを活用した地域ケア、プライマリ・ヘルス・ケアとの連携、家族と地域を中心にした支援モデルなど、学ぶべきものがある。

高齢社会は、もはや一国だけの問題ではない。

アジア全体が経験する「共通の社会変化」なのである。



おわりに――タイは「高齢者をどう支えるか」から「どんな高齢社会をつくるか」へ


タイは、すでに高齢社会の段階に入っている。

2024年には60歳以上人口が約1,368万人、人口の20.8%を占めた。しかも出生率は低下し、若い世代の人口は縮小している。

これは、タイがこれから本格的な高齢社会の課題に直面することを意味する。

しかし、タイには重要な基盤も存在する。

国民皆保健制度があり、プライマリ・ヘルス・ケアの経験があり、地方自治体があり、地域住民やボランティアがいる。そして、家族が高齢者を支えるという文化的基盤も依然として重要な役割を果たしている。

問題は、それらをどのように一つの「ケアシステム」として結びつけるかである。

これからのタイに求められるのは、単純に高齢者施設を増やすことでも、家族に介護を任せ続けることでもない。

必要なのは、「家族介護を支える地域ケア」であり、「医療と介護をつなぐ長期ケア」であり、「高齢者を社会の担い手として位置づける高齢社会政策」である。

そして、その先にはさらに大きな問いがある。

それは、「高齢者が増える社会を、負担の増える社会として捉えるのか、それとも、人が長く生きることを社会の価値として生かす社会に転換するのか」という問いである。

タイの高齢社会政策は、まさにこの分岐点に立っている。

高齢者が増えること自体は、社会の失敗ではない。

長く生きられるようになったことは、医療、衛生、経済、生活環境が改善してきた結果でもある。

問題は、その長寿を社会がどのように受け止めるかである。

高齢者を「支援される人」とだけ見るのではなく、一人の生活者として尊重し、その経験、能力、知識、人間関係を社会のなかで生かす。そして、要介護状態になったときには、家族だけに責任を押しつけず、地域と専門職と公的制度がともに支える。

そうした社会をつくることができれば、高齢化は単なる「社会保障費の増加」ではなく、タイ社会が次の段階へ進むための大きな転換点になる。

タイがこれから構築する高齢社会は、日本とは異なる道を歩む可能性がある。

そして、その試みは、今後急速な高齢化を経験するインドネシア、ベトナム、フィリピン、マレーシアなど、アジアの多くの国々にとっても重要な先行事例となるだろう。

高齢社会とは、「高齢者のための社会」をつくることではない。誰もが長く生きる可能性を持つ社会において、人生の最後まで人間らしく暮らせる社会をつくることである。

タイの高齢社会への挑戦は、まさにその社会をどのように実現するかという、21世紀アジア共通の課題への挑戦なのである。

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